家督相続 with 土鍋

 うちには土鍋がある。先祖代々伝わる土鍋。大きな土鍋で、優に十人分の量を超える関東炊きを作れるほどの大きさだ。俺の手のひら二つ分での親指から小指でもまだ足りない。とにもかくにも大きな土鍋だ。

 でも、この土鍋は特別な時にしか使われない。ある儀式の時だ。それはもう呪術といっても差し支えないのだけれど、滅多に行われるときはない。この土鍋が実家の庭で使用されるのは、家督相続を決める時だ。

 土鍋に大量の関東炊きをつくる。具の七割は大根、二割がちくわ、九分九厘のまるめた蒟蒻。そしてひとつだけ、玉子を加える。その玉子を鍋の中から箸で掴みとったものが家督のすべてを相続する。

 この前は十年前に行われたのが最後だ。その時は、一番上の兄が玉子をひきあてた。そしてその兄が亡くなったため、明日その儀式が行われる。
なぜ呪術じみているのかと言うと、玉子を引いたものは早死にするのだ。

 そして、その例外にもれず兄は亡くなった。明日、二番目の兄と下の弟がやって来るのだけれど、二番目の俺は大根しか狙わない。なぜなら、俺はまだ死にたくない。それに、この土鍋で煮た大根はうまいのだ。

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犬笛

 これは夢の話だ。

 私は草原に立っていた。見渡す限りの緑。空は晴れ渡っている。背後から声をかけられた。「どうもー」犬だ。二足歩行の犬だ。犬が、二足歩行して私に手を振っている。「けさ、たすけてもろたいぬどす」「あ、どうも」「うえじにそうなところにぱんくれたおれいに、これあげます」犬が差し出した右手――つまりは右前脚なのだけれど――には、肉球の上にホイッスルがちょこんと乗っかっていた。「これ吹いてくれたら、助けに行きます」私はその笛を受け取った。「じゃあのー」犬は消え去った。ここまでが夢の話だ。

 ここからが三年前の話だ。

 私の住む町が震災に会い、私の体は自宅の下敷きになった。助けを呼ぼうにも、声が出ない。手を動かしてあたりを探ると、小指の先に笛があった。私はそれを吹いてみた。音は出ない。助かることを諦め、朦朧としていく意識の中で、私は犬が吠える声を耳にした。これが三年前の話だ。

 ここからが昨日の話だ。

 私は人事部に所属していて、部下の評価に迷っていた。部署移動をさせるか、それともクビにするか――私は決断を下せないでいた。タバコでも吸おうとスーツの胸ポケットに手をいれた。すると、タバコでもライターでもないものに指先が触れる。笛だ。私は、試しに吹いてみた。ここまでが昨日の話だ。

 ここからが今日の話だ。

 出勤するとすぐ、私のところへ連絡が入った。件の部下が、自宅の部屋で死んでいたそうだ。何者かに首をかみ切られるかたちで。

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風船と夕日

開いた窓から、陸上部や野球部の練習の声がしていた。校庭に目を移すと、多くの生徒がてんでばらばら、練習をしていた。教室には自分の他には誰もいない。授業が終わったあと、なぜだかぼーっとして、席を立つ気になれなかった。もうじき、下校を促す放送も流れるだろう。

気づけば、蛍光灯の明かりは消えている。夕焼けによって、教室内は赤く照らし出されていた。

目を細めて夕日を見やると、真ん中に小さく影が出来ていた。目を凝らすと、風船であった。

……それは、あの日失った何かであるような気がした。

 

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夏と微熱と集中力

「どうして持っていかないと言う選択があろうか?」

夏も盛りの日曜日、午前六時五十分。家族会議における兄の発言である。

「持っていくべきである。その方が、楽しいでしょ」

「いや、いらないでしょ」と母は返す。

 今日は家族で海に行く日である。予定そのものは夏休み前からあったのだが、当日、車に荷物を詰め込む際にこの事件は起きた。

 海に、家の中の剣を持っていくか否か。

 家の中の剣と言うのは、端的に言えばおもちゃである。子供用玩具にしてはしっかりとしたつくりで、柄も長く、大人が持っても手になじむものである。デザイン以外。

「家の中の剣を持ってかないんなら、木刀がいるじゃん、ねえ?」と、兄は父を見やる。運転担当の父はと言うと、黙ってあごひげをなでている。我関せずを通すつもりだ。

「いらないでしょ、なんに使うの」と私は言った。

「スイカ割りにきまってんだろ!」と兄は鼻息荒く言う。ちなみにこの兄、すでに二十歳を超えている。

 ただ、兄がここまではしゃぐのも無理はない。昔から、兄は海が好きだった。我が家は内陸部に位置しており、海を見る機会が滅多にないのだ。兄は初めて太平洋を見たとき、

「どけんかせんといかんとよいぞ!」みたいな日本各地入り混じった迷言を残した。

何はともあれ、このままではらちが明かないと判断したのか、父が柏手をひとつ打った。

「とりあえず持っていけばよろしい」

この二十分間は何だったのか。

 何はともあれ、海につくと兄ははしゃぐにはしゃいだ。砂浜を全力疾走し、水着に着替えないまま海に突っ込み、

「うけけけけェ!」と奇声を発していた。

 帰りたい。

 自分とて海は嫌いではないが、目の前で二十歳を超えた兄が無邪気に走り回っているのを見るという行為はなかなかきついものがある。

「ひゃひっ!」兄の声だ。

「スイカ忘れた……」

どうしようもない兄は、切腹のまねをしていた。

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半裸になっても落ち着かない件

【速報】女子高の文化祭に行った結果www

先週の日曜日、近所の女子高で文化祭があった。しかし、俺が行ったところで周りの目を痛く感じることは確実。なんせ、外に出るのも一週間ぶりのプチニートである。しかし待て、弁解させてもらうとすれば、大学には行っている。

 後期には授業を詰めていないがゆえに、毎日が休みみたいなもんである。授業も月曜日のみ。だが、一つ懸念事項があった。研究室である。俺は工学部生なのだが、ここしばらく研究室には行っていない。どのくらい行っていないかと言うと、三週間ほどである。端的に言おう。やばい。

 懸念事項がもうひとつ。来週、研究の進捗を教授に報告しなければならない。どう考えても日曜日に研究を進めなければ間に合うわけがない。俺は迷った。しかし、女子高の文化祭はどうであろうか。年一である。研究室は一年中あいている。いつでも行けるのだ。なんなら閉めればいいのに。

 二秒ほど迷った挙句、俺は女子高の文化祭に行った。今まで発揮したことがないほどのアクティブさを発揮した。久しぶりに見る女子高生はいいものだった。それはもう極上である。このためであれば周りの視線などなんのそのである。しかし、なんという偶然か、校内の階段に見知った顔がいた。教授である。

 「あれ、何してるの?」と教授は言った。「ひゃっ、アルバイトで……」と俺は答えた。周囲からはさぞ奇異に映ったことであろう。「バイト? なんの?」「え、えお、えと、知り合いの妹がいるんですけど、そいつが今日来れないから、代わりに写真撮ってきてくれって……」俺は必死に頭を回した。

 教授はそこそこ納得したようだ。そして教授とは別れたのだが、会ってしまったのは非常にまずい。なぜなら、研究が全然進んでいないのに遊んでいることがばれてしまったからだ。

【悲報】俺氏、教授に出会う

俺は今、家でとりあえず半裸になり、自らを落ち着かせるためにエナジードリンクを飲んでいる。

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約束なしの待ち合わせ

 白銀の世界に、私は彼に会いに来ていた。斜面を登る私の吐息と雪に沈み込む靴音だけが、私が着実に前に進んでいること証明していた。今日はよく晴れていて、ゴーグルがなければ雪原の反射が眩しすぎて眼がくらんでしまうだろう。太陽の存在感は強く、真っ白な世界の中で、私の吐息と靴音、それに強い陽射しとが、シンフォニーを奏でているようだった。こんなことを考えてしまうのも、私が浮かれてしまっているからだろう。

 普段はジャズしか聞かないし、ジェイポップを毛嫌いしていて、そのことによって優越感を感じていることで自己嫌悪することもある。それでも今日は、ジェイポップの歌詞を読み上げたなら片っ端から頷いて共感してしまいそうだ。

 彼に会いに来るのは一年ぶりだ。私はこの毎年、この季節に彼に会いに来る。とはいっても、もう三年は会えていない。毎年、私は一目でも見るためにやって来るのだけれど、彼も会いたいのだとは限らない。彼は気まぐれだし、いつも同じ場所にいるとは限らない。それでも私は、彼に会いに来る。この季節の短い間だけが、彼に会える確率が最も高いのだ。

 彼に初めて会ったのは、大学三年生の時だった。単位も順調に取り、地元での就職を考えていた私は、就活が本格化する前に旅に出ることにした。その途中、この雪山に立ち寄った。その時、私は彼に出会い、一目惚れしてしまった。

 山小屋で出会った人たちに話すと、見間違いじゃないかとか、疲れていたんだろうとか茶化されたけど、中には私の話に共感してくれる人もいた。彼に会ったことがあると言う人の情報では、彼は気まぐれでどこにいるかわからないけれど、この時期にはこの山に毎年来ているようだとのことだった。それ以来、就職後も毎年この時期に私は彼に会いに来ている。

 両親からは結婚を心配されている。その不安はもっともだと思う。若い娘が、――厳密にはまだまだ若いと胸を張って言うことはできなけれど――この時期になると決まって旅行に行くのだから。しかも会えるかどうかもわからない相手の所へ。それでも私は、彼に会いたくてたまらないのだ。

 目的地まで着くと、リュックからシートを敷いて腰を下ろした。水筒とマグカップを取りだし、熱い珈琲を注ぐ。舌を火傷しないように気を付けてすする。雪山は寒い。長居は危険だ。今回は一時間かな、と検討をつけた。

 珈琲を飲みながら、白銀の世界を見やる。周りは一面の雪世界で、時計を見ることもしない。大体の時間間隔は、晴天の太陽が教えてくれる。昔は腕時計を頻繁にチェックしていたけれど、一年前からそれはやめた。心が苦しくなってしまうだけだからだ。ふと思いついて、念のため持ってきた一眼レフをリュックサックから取り出す。就活前の旅行時に購入したものだ。手に取ってしばし考えてから、リュックに戻す。彼の姿を撮影することも考えたけれど、彼の許可を取れそうにないし、それに自分の目に焼き付けておこう、なんて考える。その代わりと言ってはなんだけれど、双眼鏡を取りだして首にかけておく。

 私を斜め左上から照らしていた太陽が、真上の方まで移動した。あと十分くらいかな、と思う。その時であった。

 遠吠えが一つ、聞こえた。はっとして、周りを見渡す。

 彼の姿はない。

 急いで双眼鏡を手に取り、遠くの森を見やる。いない。

 立ち上がって後ろを見てもいない。東にも、西にも、北にも南にも彼の姿はない。

 彼を探すために歩き回ろうか、とも思ったけれど、それはやめておいた。雪山で無計画に歩き回るのは危険だ。それに、私よりも彼の方が走るのは速いのだ。

 私はシートに座り直し、珈琲を注いで飲みなおした。水筒に入れていたとはいえ、もうだいぶ冷えてしまっていたけれど、格別の味がした。

 その珈琲を飲み終えると、私は帰り支度を始める。双眼鏡やマグカップをしまい、立ち上がる。また来年だな、なんて独り言をつぶやく。

 雪山に、沈み込む私の靴音と上気した私の吐息だけが響く。真上から少しだけ西へと傾き始めた太陽が、今日と言う日の折り返しを告げていた。十歩ほど歩いた時、背後からまた一つ遠吠えが聞こえた。後ろを振り返る。彼の姿はどこにもなかった。

 ふっ、と口元から笑みがこぼれる。来年もまた来よう。

 名前の通り、もうちょっと送りオオカミじみてくれてもいいのにな、なんて考えながら、私は雪山を下りるのだ。

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新月とミルクティー

 夜、寝つけずにいた僕はコンビニへ向かった。新月の夜だった。家から歩いて五分ほどのセブンイレブンへと向かう。誰もいない横断歩道を照らす信号機。あの夜も、こんな雰囲気だったなと思いだす。

 夏の夜のことだ。僕は、ある約束をしていて、とある河原へと向かった。

「なんで水筒に牛乳入れてきてんの?」

「飲む直前に溶かしたほうがおいしいでしょ。ふりかけだって食べる直前にかけるじゃん」

「それはそうだけど」

そういって、彼女はマグカップと粉末、それに牛乳でミルクティーを作り出した。

「はい」

差し出されたマグカップを、僕は彼女の手から受け取った。

「見れるかな? 蛍」

「どうだろう」

僕たちは、蛍を見に来ていた。夏とはいえ、涼しい夜だった。新月のため、光源となるのは遠くに見える街の光と懐中電灯、それに携帯の明かりだけだった。僕たちは、並んで座ってミルクティーを飲んでいた。

 結論から言うと、その日、蛍を見ることは出来なかった。後日、彼女からメールで

「ここには蛍いたよ」

という文章と写真とが送られてきた。

 時々、その日のことを思い出す。セブンイレブンでミルクティーを買って帰る道すがら、なぜだか僕は無性に泣きたくなってしまった。

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指紋と自問と美味しいケーキ

 世の中には、生きた証を残したがる人たちがいる。壁に落書きをする人たちがそうだし、狂ったように絵を描き続ける人も同様だ。何かを続けることで、自分の中の何かを埋めようとする間隔。かくいう私にも、一つの習慣がある。指紋を付けることだ。

 街中で、よく磨かれてぴかぴかしている怪談の手すり。私はそっと握って、五秒間ほど堪能したのち、人差し指ですっと撫でる。明日には掃除のおじささんに磨かれてしまったり、雨風に流されてしまうかもしれないけれど、私は指紋を残さずにはいられない。

 指紋を残すにあたって、おすすめの場所がある。水道の蛇口付近だ。蛇口やシンクやを磨かない人は結構いるものだ。掃除するにしても、週一から年一まで幅がある。だから、私が水道周りに着ける指紋の寿命は長いのだ、と勝手に思っている。トイレのセンサー式なんて、絶好の場所である。

 私のことをおかしいと思うかもしれないけれど、誰しも仕事から帰ってきてシャワーを浴びるとき、毎日その持ち手に指紋を残しているのではないだろうか。だから、この趣味は私だけのものではないかもしれない、などと考える。

 昔のオリンピックでは、全裸の男たちがピカピカに磨き上げられたメダルに歯形を付けるために争っていたわけだけれど、私ならこっそりと忍び込んで、先に指紋を付けてしまうだろう。もっとも、オリンピックの歴史に詳しくはないから、実際どうかは知らないけれど、私は銀色のスプーンでケーキを食べる。

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王様と商人

 むかしむかしの、ある小さな国のお話です。それは島国で、夏の陽射しの強い国でした。夏の間は、人々はみな、色のついた眼鏡をかけてまぶしさから眼を守っておりました。

 その国には、わがままな王様がおりました。ひとびとが海で泳いでいると、自由遊泳を禁止し、バーベキューをしていると、煙を上げることを禁止し、さらには人々が広場に座り込んで話をするのさえ禁ずるのです。そのため、王様は嫌われておりました。

 しかし、はじめから王様は厳しかったわけではありません。ある時、突然にして性格が変わってしまったのです。いつ頃かと言うと、遠い国から商人の一隊がやってきた頃のことでしょうか。島国に商人がくることは珍しかったため、王様は彼らに会いたいと思いました。

「あなたたちは、何を売っているのか」

「王様、我々は本を売っています」

王様は眼を輝かしました。今まで一度も、本と言う物を耳にはしても、その目で見たことはなかったからです。王様が本を欲しがると、商人たちはたくさんの本を献上しました。商人たちはまた来年来ると言って、他の国へと旅立っていきました。

 それから、王様はたくさんの本を読みました。外に遊びに行くこともなく、読んで読んで、朝昼問わず一年中も読み続けたので、王様はやがて目が悪くなってしまいました。

 王様の目が悪くなった頃、また商人たちの一座がやってきました。

「王様、喜んでいただけたようで何よりでございます」

「うむ、しかし目が悪くなってしまった」

すると商人は、懐から眼鏡を取り出して言いました。

「王様にこれを差し上げます」

その眼鏡は無色透明で、度も入っていないようでした。

「これでは、かけているだけでうっとうしい」

「御心配なく。じきになれます」

そうして、商人たちはまた他の国へと旅立っていきました。

 王様は、せっかく新しい眼鏡を手に入れたので、実に一年ぶりに外に遊びに行くことにしました。

 王様が厳しくなったのは、ちょうどその頃からなのです。人々は、王様のことを、王様ともその名前でも呼ぶことはなくなり、揶揄するようになりました。

『王様と商人』より、「王様は色眼鏡」

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爺さんとクリームパン

 俺の家からそう遠くないところに、その山はある。なんでも、うちの爺さんが手に入れた山らしい。どういう経緯で爺さんの財産になったのかを俺は知らないし、家族も知らない、爺さんは俺が中学校に上がる前に死んじまった。

 爺さんは酒好きだった。でも、毎日飲んだくれていたわけじゃない。毎週金曜日、決まって午後八時ごろからたらふく酒を飲んでいた。「週一の楽しみだ」と爺さんは言っていた。俺は爺さんのことが嫌いではなかったが、飲んだくれた爺さんは嫌いだった。暴力を振るうことはなかったが、絡み酒が酷かったのだ。爺さんが酔っ払うたびに、初孫である俺は爺さんの話を聞かされるはめになった。その時間を俺は面倒に思っていた。二時間近く酒を飲み続け、呂律が回らなくなってくると、爺さんが決まって繰り返す話があった。

 あの山には、マリア様が住んでいる。

 爺さんはそう言った。俺は年寄りの世迷言だと思っていたし、家族のみんなもそうだった。しかし、どうもまるっきり嘘と言うわけでもないらしい。爺さんの遺品から、十字架を模したペンダントが見つかったのだ。ペンダントの中には、小さな写真が入っていた。

 綺麗な女性だった。

 それは既に他界していた祖母とは違っていたし、爺さんの兄弟も知らないと言う。詳しいことは誰にも分からない。爺さんは話さないまま墓場まで持っていっちまった。俺は時々、想像する。爺さんの墓を、年老いた女性が花を持って墓参りをする。ひっそりと、誰にも知られることなく。それはとても美しい事ではないかと思うけれど、現実には起こりそうもないな、とバカみたいな妄想をしながら、クリームパンをかじっている。

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